神戸大学附属中等教育学校「授業研究会」&「SSH報告会」に参加

2023年2月11日(土)12:00〜17:30
神戸大附属中等教育学校で開催された、「授業研究会」&「SSH報告会」に参加してきた。
以前長田高校におられた、齋木副校長先生がおられるので、まず挨拶に行く。
そこで高木先生にも久しぶりにお会いできた。高木先生の地理の授業を、以前私が神戸にいた頃に拝見させていただき、とても面白かったのを覚えている。

「授業研究会」&「SSH報告会」のライブ実施。しかし教室を細かく分けて実施された。受付も科目別であった。
社会は、いち早く締切になっていた。「社会」の講評に、京大の石井さんが参加されていたので申し込みが殺到したものと思われる。
結局、さまざまな学校で、「道徳」の授業が、答えを生徒が忖度してしまい、やる方もそこに導いてしまいそうで非常にやりにくい。
そんな声を多数聞いていたために、「哲学対話(p4c)」と聞き参加を決めた。

まず最初は、各教室で
他の教室から配信される、溝上慎一先生の講演が、ZOOMで始まった。溝上慎一先生の持論が展開される。終わって挨拶しに行く。島根の学校でお会いして以来の再会である。共有ビジョンの重要性にも触れられていたのが良かった。

いよいよ道徳の授業開始である。
ハワイで学んだ先生がp4cだと聞いていたので、興味津々であった。苫野一徳さんの「本質観取」で行うの道徳の授業をオンラインで受けていたので、その違いにも興味があった。p4Cとは、philosophy for childrenの略である。

40人ほどの生徒が、円陣を組んでいて、話す人にコミュニティーボールとマイクを渡して、対話するという形式である。
テーマは、エーリヒ・ケストナーの「動物会議」を読んで、テーマを決め対話するというものであった。

すでに決まっていたテーマは、「国境は必要か、また、国境があることでどんな影響があるか。国境をなくすことで戦争やトラブルはなくなるのか?」
であるなぜこのテーマに決まったのかに興味が湧いた。

「目標達成のための学習内容と方法において
キーワードは、子どものための哲学(philosophy for childrenマッシュー・リップマン)、シティズンシップ教育
とあったのでワクワクしていた。市民教育をどう展開するのだろうか??・・・・
教室で思考を実践することを目指して開発したプログラムをどう展開するのか・・・・と

通常、p4cでは、
以下のようなことが言われている。
Thomas Jackson は 7 つのツールキット(哲学者の道具箱)を提示している。
W (What do you mean?) 意味を問う。それってどういう意味?
R (Reason) 理由を聞く。どうして? なぜ?
A (Assumption) 前提。どうしてそう思うの?
I (Inference) 推論。もしもそうだとするとどうなるのかな?
T (True) 信憑性。それは本当かな?
E (Example, Evidence) 例、根拠。例えば、どうしてそう言えるのかな?
C (Counter Example) 反例。例えば、こういう場合はどうなうかな?

ところが実際は、こうしたことが、曖昧なままであったことだった。
また、気になったのは、言葉の定義が曖昧なまま話が続けられたことだ。
「国家とは何か?」「民主主義とはどのようなことか?」「国連の今の機能は抑えてあるのか?」「デモの捉え方は?」

倫理観の違いが争いを生む、倫理理性が飛ぶというように生徒が言っていたが、「ケンカと戦争の構造的な違いは?」
全てが曖昧なまま話が進むので、議論が深まらない。

さらに、40人もいるため。全く話をしない子が一定数発生していることである。これでは「対話」と言えない。
思考の分類としても「批判的思考」「創造的思考」「ケア的思考」の 3 つに分かれているが、明確にならない。

「批判的思考」
自分の発言、他者の発言を吟味して、理由・根拠を示す。

批判的思考を分析する要素
①「一般的な推理能力」
   演繹をする能力
   妥当な推論をする能力
   仮説の認識をする能力
   適切な一般化をする能力
   仮説を立てる能力

②「論理的弁別力または論理法則の応用能力」
   定義が完全かどうか判断する能力
   ある主張の真理性を判断する能力
   論理的な誤り(論の進め方の誤り)を認識する能力

③「意味論的能力または言語的理解能力」
   基準は何かを問う能力
   仮説は何かを問う能力
   ある主張の真偽はどうやって決まるかを問う能力

「創造的思考」
新しいものを生み出す思考

「ケア的思考」
思考を単に論理的な構造に限定するのではなく、発言する相手に対して配慮しようとする思考。発言する相手の状況や背景に対する思いやりを持った思考。議論を進め、深めようとする思考

こうしたように、子どもたちの発言の中に、これらの思考が明確に見て取れる場合もあるし、複合的に重なり合っている場合もある。それを読み取っていく努力をするのが前提である。
とすれば教員側のファシリテートが最低必要だったんではないのであろうか?

また、話さない子をなくすため、対話を促すためには、グループを分けて、対話しその後共有することが必要だったんではないだろうか?

・・・・・ということを考えてしまった。

いずれにしても、道徳を「道徳を学ぶために学ぶ」というよりも、「物事の本質を、自分の考えと他の人との考えを理解する中で深めていくこと」ということに定めるのが良いのではないかと思った。
そうすれば、他の教科でも同様な視点が生きてくるようになる。
ただし、学校の共有ビジョンが明確になっていないと生きてこないと考えられる(グローバルキャリアという言葉が明確に伝わらないためまた、曖昧な感じがした)。

即ち、「子どもたちに、物事の本質を見つめることにより、社会や世の中のことを見つめさせ、課題を明確にしその本質的解決を他の人と共にしていく、という生徒を育てる学校にしたい」くらいがあって学校における「道徳」も存在意義が生まれるのではないかと強く感じてしまった。

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